Webライターが陥りがちな「わたしチャレンジしてます症候群」

Webライター向け読み物
モノカキ
モノカキあるある

集中できていることに気づくとニンマリしちゃいがち。

書くゴリラ
ゴリラあるある

どうも、Webライターあるあるです。

独立したWebライターがやりがちな「チャレンジしてますアピール」

今日はWebライターやフリーランスの生き方についてのお話。

何かを新しく始めることはたしかにチャレンジだけれど、それで他の人より優位になるわけじゃないというお話です。

結論としては「チャレンジすることがエライわけでもないし、誰かに強要するもんでもない」といったところです。

Webライターが意識したい「安定とチャレンジ」のバランス
独立は大きなチャレンジ。せっかくチャレンジしたのに、ゴールを「安定」に設定していませんか。

チャレンジはテンションが上がる

これはわたし自身の経験です。わたしは会社員を辞めてWebライターになりました。

そのときはなんというか「自分の人生を生きるんだ」といったワクワク感があったことを覚えています。

その気持ちがなくなったわけではありませんが「チャレンジしている自分に酔ってる」みたいなところがあったことは否めません。

程度の差こそあれ、独立でも副業でも「やってやるぞ!」という気持ちは誰もが持つものだと思います。

周りがチャレンジしていないように見える

自分がチャレンジしているという自覚をすると、不思議なことに周りの人がチャレンジしていないように見えてくることがあります。

具体的に言うと「やりたいのならやればいいのに」という気持ちを抱きやすくなる気がします。

チャレンジすること自体がすごいわけじゃない

しかし、前提として考えておきたいのは「周りはチャレンジしていないわけじゃないこと」と「チャレンジすることそのものが素晴らしいわけじゃないこと」です。

そもそも新しいことに取りかかるだけがチャレンジではありませんよね。

Webライターという新しい仕事を始めることはたしかにチャレンジでしょうが、仕事を変えたり新しく始めたりすることだけがチャレンジなわけではありません。

何かにチャレンジすることは素晴らしく見えます。しかし本人からすると新しいことを始めるという選択をしただけです。

つまり、はじめの一歩を踏み出すこと自体にはあまり価値がなく、その後の歩みを止めず、結果を出せて初めて価値が出るのではないでしょうか。

言い換えるとチャレンジすることではなく、チャレンジし続けることが素晴らしい。わたしはそう思います。

チャレンジしていない人が残念なわけでもない

新しく何かを始めることをチャレンジとするなら、ルーチンワークはチャレンジではないかもしれません。

しかし、チャレンジすることで自分の価値が上がるわけではありません。

で、あるなら自分がチャレンジし続けられているとしても、チャレンジしていない人を低く見る理由にはならないわけです。

たとえば、家事を専業でする方の生き方が残念かと言えば決してそんなことはないですよね。

むしろわたしたちの生活は、ルーチンワークに支えられている割合の方が大きいでしょう。

行きつけのラーメン屋さんの味が店主のチャレンジの末にコロコロ変わったらちょっとイヤですし、電車の運転手さんが「今日は最速目指しちゃうぜ!」とか言い出したら困るわけです。

チャレンジするもしないも、その人の選択なだけ。そしてチャレンジすることがすごいわけでもない。

新しいことを始めた側は自分の人生を生きているつもりでも、新しいことを始めていない人が自分の人生を生きていないわけじゃない。

そんな風にわたしは思います。

所感

モノカキ
モノカキ

チャレンジしてますアピールはちょっとダサいかもというお話でした。

書くゴリラ
書くゴリラ

モノカキはどうなの?

モノカキ
モノカキ

これしか人並みにできないという低い姿勢でやらせてもらっております。えぇ。

書くゴリラ
書くゴリラ

ほーん。

モノカキ
モノカキ

ただまぁ「やりたいならやればいいじゃん」とか「やりたいことやればいいのに」と思うことあるよ。

モノカキ
モノカキ

でもそうしない人や、したくてもできない人を否定はしちゃいけんよね。

おまけ

読むブタ
読むブタ

今日も読み物だったわね♪

書くゴリラ
書くゴリラ

多分ネタが浮かびやすいんだろうな。

読むブタ
読むブタ

そろそろチャレンジしてもいいんじゃないかしら♪

書くゴリラ
書くゴリラ

次回に期待。

読むブタ
読むブタ

ちなみにわたしは「毎日ブタ肉チャレンジ」を継続中よ♪

書くゴリラ
書くゴリラ

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